岡林龍之とアヒムサ会(1988年~2023年)の歴史
「アヒムサ会」は昭和63年、岡林龍之氏によって創設されました。
昭和54年、アヒムサ会の前身である「BE研究会」の発足と同時に、機関誌である会報「サチャグラハ」と「アヒムサ」の発行してまりました。
創始者岡林龍之は平成14年に他界致しましたが、アヒムサ会は会員の手によって令和5年3月まで運営しておりました。
アヒムサ会は、世界の平和を願い、全ての「いのち」が輝かされるよう、会員相互で心身の研鑚を図り、アヒムサの心で学びを深めてゆくことを目的としています。
アヒムサ会の活動目標
「アヒムサ弁証法哲学」の深化普及
「アヒムサ新文明建設運動」
「アヒムサ健康学」の構築普及
主な活動
機関紙「サチャグラハ・アヒムサ」の発行
各地での勉強会の開催
夏期勉強会(年1回 藤沢市にて)
千鳥ヶ淵戦没者墓苑にて「有史以来の万国戦没者・戦争犠牲者の慰霊と平和の集まり」
ネグロスアヒムサ会の現地里子活動支援
岡林龍之の紹介とアヒムサ会の歴史
1923年(T12) 高知市に生まれる
1943年(S18) 陸軍幼年学校を経て 陸軍航空士官学校卒
1946年(S21) 戦後、世界連邦建設運動入会 高知市在住
1952年(S27) 第一回世界連邦アジア会議に出席 「広島宣言」
「ガンディー聖書」によりサティヤグラハ・アヒムサの概念と出会う
西沢恒治氏・賀川豊彦氏・堤玄立氏、等との交流の中で学ぶ
「高知アヒムサ青年会」に参加し、様々な分野を探究するきっかけとなる
1953年(S28) 土佐教会で洗礼を受ける
1955年(S30) 仕事で東京へ転居
西沢恒治氏主宰の「アヒムサ懇話会」に参加
1973年(S48) 人間科学協会で健康法と出会い 「健康」 の考え方や捉え方に関心を持つ
1979年(S54) 「BE研究会」 発足 会報 「アヒムサ」 開始
1980年(S55) 会報 「サチャグラハ」 開始
1984年(S59) 「アヒムサ健康法 Ⅰ」 発刊
1988年(S63) 1月 「アヒムサ会」 創設
1990年(H02) 善光寺忠霊殿にて 「万国戦没者慰霊祭」
1991年(H03) 「アヒムサ健康法 Ⅱ」 発刊
1992年(H04) 善光寺忠霊殿にて 「いのちの集い」
1993年(H05) 「健康学提言」 着手
1994年(H06) ネグロスアヒムサ会 発足
1995年(H07) 「病を超える」 -上- 発刊
1997年(H09) 柏樹社「アヒムサ健康法」 -「いのち」は病を超える- 発刊
柏樹社「アヒムサ家庭療法」 -「いのち」をつなぐ」- 発刊
1998年(H10) 「アヒムサ健康法 Ⅲ」・「アヒムサ健康法 Ⅳ」 発刊
2002年(H14) 岡林龍之逝去(4月7 日)
11月 「病を超える」 -下- 発刊
2008年(H20) 「アヒムサ健康法 Ⅴ」・「アヒムサ健康法 Ⅵ」 発刊
2023年(R5) アヒムサ会解散(3月31日)